人生反省記Vol.2

http://blogs.yahoo.co.jp/imutan813

中国旅行を久しぶりにしたらしんどかった話③

※この話は2024年2月下旬のものです。

※うまく話をまとめる力がなく、物語調にしすぎてエピソードを膨らませすぎている気がする。

 

「我々はどうすればいい?」

「ビザを取りに行って明日以降また来るか、ハルビンからの出国のチケットを買いなおすしかないです。この脇の人たちは、昨日も来てチケットが買えなくて出国を1日遅らせたようです。」

そういいながらスタッフが指し示す先には白人の2人組がくたびれた様子で床に座っていた。マジか。ただでさえ深夜1時起きのくらくらする中失神しそうになる。

「どうする?」

「うーん。キャンセルする選択肢はもうないよね。もうどう転んでも金はドブに捨てることになる。貴重な連休も有休も戻ってこない。」

「ここまで来たらどうにでもなれか」

というわけで、ハルビンからソウルに抜ける直行便のチケットを探すことにした。

その旨をスタッフに伝えると「搭乗締め切りがあと20分なので、それまでにチケットを購入し提示して承認が下りるようにしてください」と絶望的なことを言われるも、やけくそになっているためほぼ無視して探し始めた。

奇跡的に、というか恐らくそこまで人気のある航路でもないのが幸いして、到着から72時間以内のハルビン→ソウル便はそこまで苦労せずに見つけられた。片道6万円。ちなみにもとの経由便は1万8000円。もう気分がハイというかロウというかとにかくどうでもよかった。10万円でも買っていたと思う。20万円のものしかなかったらさすがに迷っただろうが。必死でクレジットカードの番号を打ち込み、チケットを購入した。購入完了のメールに「eチケットは24時間以内に別途送付します」の文字を見つけたときは再度失神しそうになったけれど、幸いなことに数分でメールが送られてきた。スタッフに提示し、スタッフがまたそれを写真に撮り、何者かに送り、沈黙の中結果を待った。

「大丈夫です。搭乗券を発行します。」

と言われたとき、搭乗締め切り時間まで5分を切っていた。

 

ちなみに、スタッフが写真を送った相手は、恐らくはハルビン国際空港の入国審査官かそれに類する人だったのだと思う。のちにハルビン国際空港で入国審査官が書類確認をするとき、我々のeチケット控えをスマホで参照しているのがチラリとみえた。

 

「もう、これが旅行のハイライトでいいわ。」

とフラグのようなことばを交わしたが、実際いろいろとトラブルあれどこの旅で一番苦労したのは断トツで日本出国時だった。

ハルビン国際空港

他は普通の日記旅行記になってしまうので、次回無事入国するところまで記してあとは終わりにしようと思う。

中国旅行を久しぶりにしたらしんどかった話②

※この話は2024年2月下旬のものです。

 

2024年2月下旬、朝4時。

成田空港第3ターミナルで我々は早速中国の洗礼を浴びていた。

「このチケットでは搭乗できません。」

我々は成田空港発ハルビン国際空港行きのチケットを提示していた。そして目の前の案内板には、成田空港発ハルビン国際空港行きは予定通り出航と記載されていた。

目の前の春秋航空のスタッフもそれは承知していた。

「このチケットではビザ免除の条件を満たさないのです。」

成田空港 春秋航空

前回の記事で記したように、中国には現在、「乗り継ぎ時の査証免除措置」という制度がある。正確には、特定の国から「一定の条件」を満たした渡航者などという記載もあるが、この一定の条件は一般的な日本人であれば問題なくクリアしている。

簡単に言えば

(自国)→中国国内→(第三国)→(自国)

という旅程を組めば中国にビザなしで入れてあげますよという、正直謎制度である。

今回この制度を用いて、我々は

2/23 成田→哈爾浜(ハルビン

2/25 哈爾浜→(青島経由)→ソウル

2/27 ソウル→成田

というプランを組み、ソウルに向かう体でハルビン観光を目論んでいた。

ハルビン空港はこの査証免除制度の対象であり、滞在可能時間は72時間であった。

そのため、ハルビンに到着してから出発するまでが72時間に収まるようにした結果、もっとも滞在時間が長くかつ経済的なのが青島経由だったためこのような航空券を購入していたのだ。

ところが、この旅程の場合

(自国)→中国国内→中国国内→(第三国)→(自国)

と経由地を挟むため認められないというのだ。

一応言っておくが、その可能性を考えなかったわけではない。言い訳だけど。

ただ、大使館の記載を見てもブログを読んでも自分達が集めうる情報では中国国内の乗り継ぎを不可としているものがなかったため、そのままにしていた。

そもそも「謎制度」と書いたようになぜこのような制度があるのか正直理由がわからないため、可否の線引きがどこでされるのかもよくわからなかったのもある。

いずれにせよ、ハルビンから青島を経由してソウルにたどり着くeチケットを見るとスタッフは顔をしかめて、「このチケットでは乗れないかもしれない。確認してみるからこちらに来て。」と言い、eチケットの控えをスマホで写真に撮り、メッセンジャーで何者かにその情報を送り、我々をチェックインカウンターの列から外した。そして数分後、早朝から呆然としている我々に向かって、冒頭の言葉を放ったのだった。(③に続く)

中国旅行を久しぶりにしたらしんどかった話①

2020年2月に成都重慶西安を旅行する予定が武漢ウイルス(当時)でドンピシャに無期限中止となった日から4年と半年ほど経過した。

初めの3年間は仕事柄もありそもそも海外旅行のハードルが高すぎて検討もしていなかったが、ここ1年半くらいはようやくその流行も落ち着いてきている。実際にコロナ禍が明けてから数ヶ国渡航しているし特に問題なく旅行できている。

中国以外は。

 

2020年3月31日より、日本国籍に対する15日以内の訪中査証免除措置は暫定的に停止されており、中国への入国には「ビザ」が必要となっている。新型コロナが落ち着いてきているにもかかわらず状況は2024年10月現在好転していない。他国に対してはビザ免除も解禁されているようで、日本との複雑な政治関係や相互関係の要請(中国人の日本への入国ビザも免除されていない)が背景にはあるそうだがそんなことは庶民には関係ない。

兵馬俑と洪崖洞が見たいだけなのに・・・

クソ面倒くさいビザ申請書を書いて平日に有休を取り大使館に出向かなければ、中国に行けなくなってしまった。

全く関係ない8年前に一人で行った万里の長城



「ビザなしで中国行けるっぽいから行こうよ」

そんな中、友人から連絡があったのは2023年秋のことであった。同年9月に香港を共に訪れたばかりの大学の友人であり、更に言えば2020年の中国旅行を涙を呑んで中止した同志であった。

なんでも、特定の国から一定の条件を満たした渡航者が中国を経由して第三国へ乗り継ぐ際に、査証を申請することなく、中国の特定の地域にそれぞれ 24時間 / 72時間 / 144時間滞在する ことを許可する制度があるらしい。

中国|渡航情報・旅行の準備ガイド(ビザ、航空券、入国手続等) (tokutenryoko.com)

これを利用すれば中国にビザなしで行けるらしい。確かに中国大使館のホームページにも記載がある。ただし当時実際にそのビザを使って渡航した旅行記はほとんどなく、手掛かりはあまりなかった。

友人も私もどちらかというと頭より足が先に出るタイプで、行けば何とかなるであろうと高をくくり2月の連休に有休を併せて中国渡航を決意した。

と書くと非常に冒険家の素敵なエピソードなのだが、実際には友人の兄が中国に滞在し中国人の彼女もおり、中国の内情に少しばかり詳しく、恐らく「行くには行ける」と確証は概ねつかんではいたことを添えておく。

 

前置きが長くなったが、そんなわけで念願の中国渡航をすることになった。

面白く貴重な経験が出来たのかなと思い、更には8か月経過した今も状況が変わっていないことから今後何かの役に立つことがあるかもしれないと、ふとアウトプットしたくなった限りである。(②に続く)

社会人になったらしたいこと(2019.11)

毎日勉強ばかりで鬱々としがちなので、来年度社会人になったらやりたいことを列挙するページを作りました。

 

実際にやれたらチェックでもつけていこうかな。継続が大事そうなものが多いのでアレですが。

 

・給与の25%は貯金する。

・食費・飲み代を給与の15%以内に収める。

・金麦を箱買いして常に冷やしておく。

・コンビニでお茶・お酒を買わない。

・ジムに週一回は通う。

・フルートのレッスンに通う。

・月一度は美容院に行く。

・眼鏡スッピンで仕事に行かない。

・月一度は新幹線距離の場所に遊びに行く。

・洋服は5年は着られるかを判断して買う

・仕事日は全身全霊身を粉にして働き、夜はさっさと寝て、休日は全身全霊遊ぶ。

 

総合:

学生時代よりも節約とフッ軽を心掛けたい。

忙しくてもしんどくても、お金を使う楽しみを励みに頑張りたい。

ぜーーーーったい楽しみたい。

楽しくないなんて無理。

忘備録〜患者さんから

仕事をはじめて1年近く経つわけだけれど、この1年で一番印象的だった出来事を挙げるとすると、それは意外にも、患者さんとの何気ない会話だった。

 

その患者さんはシルバーに片足を突っ込んだくらいの女性で、救急車で来院したけれど、命に別状はなくちょっとした治療で翌日には退院可能なくらいまで回復していた。

来院時から具合の割によく喋る患者さんで、顔を見に病室に向かうと、パッとこちらを向いて「昨日よりずっと良くなりましたよ!ありがとうね!」と声をかけてくれた。

病院に運ばれるまでのことや、これからどうするのかなど、世間話も交えながら色々とお話しする。どうやら、月の半分は介護の仕事をしながら、残り半月は別の土地で義父の面倒を見る、という生活を送っているらしい。

介護職か…肉体労働で過酷だし加えてその生活じゃあ身体がもたないでしょう、辛ければお仕事もお休みしてくださいね…そう声をかけようとする前に、

 

「私、この介護の仕事が大好きなんです。利用者さんの顔を見てるのがとても好きだし、今の生活がとても楽しい。だから早く体を治さなくちゃって思ったの。本当にありがとうね。」

 

とお話されて、私は言葉を飲み込んだ。

完全に先入観と偏見で喋ろうとしていたことを恥ずかしく思ったからということもあったが、それ以上に、彼女が真っ直ぐこちらを向いて「この仕事が大好きなんだ」とお話しされたことに衝撃を受けていたのだ。

 

うわ、何このひと。かっこよすぎんか。

 

自分が「好き」や「楽しい」と思えることに堂々と胸をはっていられることってなんてかっこいいんだろう……

 

そのとき(今もだけど)私は進路についてかなり悩んでいた。そして進路を決めるにあたって、続けやすそうな科は… とか、つらくなさそうなのは… とか、そう言った観点を一番に考えていた。けれど、「好き」だとか「楽しい」とか、そう言ったワクワクする感情を一番大切にしたい、この人みたいなオバサンになりたい、と強く思った。小学生みたいな感想なんだけれど、こんなシンプルなことなのに、小学生じゃない汚い大人になっちゃうと忘れちゃうんですよ。

 

まあ結局進路は今のところまだ確定していないのだけれど、何を選ぶにしろ、

自分がそれを「好き」か。

「楽しい」と胸を張って言えるか。

常に問い続けたいなと思った。

 

 

うまく文章に落とせないけれど、忘れないようにしようと忘備録に。

2020年初め

2年ぶりのブログです。

最終投稿を2018年の年始に書いたきりでした。

 

2018年の抱負

①新しいことに手を出さない

②1つの物事に対して真摯に向き合う

③持ち物をポケットに入れない

 

だったみたいです。

自分らしいし、②・③は2020年の抱負にそのまま持っていきたいくらいです。

①。

手を出したつもりはないのですが、新しいことの始まった年でした。

そして怒濤の約1年半でした。

 

具体的なことを書くのは控えますが、

大きな決断が出来ませんでした。

なぜなら自分を信じてあげられなかったから。

 

私は、誰かがこう言ったから、誰かにこう言われたから、そういう他人の判断や他人の価値基準に大きく左右される人間だったんだと、痛感しました。

勿論他人の意見に従った方が良い結果に繋がることも多いでしょう。でも人生において“よい”とか“正しい”と断言できることなんてほんの一握りで、それ以外は、誰かの個人的な意見でしかないのです。結局その「誰か」の判断を他人に委ねていた。それに初めて気づいた2020年年始でした。

 

ひとつ自分を慰めるなら、他人の判断や価値基準に頼らないといけないほど、難しい選択だったのも事実です。現実問題として、どちらを選択しても100%ポジティブな結果が待つという選択肢ではありませんでした。今結果として選んだ選択肢を選択してより良かったこともあるのも事実です。過去は変えられないので、そこは割り切って前を向くしかありません。

 

でも、自分の直感と自分の価値基準で選んだ選択肢をなぜ信じてあげられなかったんだろうということに後悔の念を感じるのです。

何故なら、頼りにしたつもりの他人の価値基準なんてあっさりと変わることもあるのだと知ってしまったから。

 

あの時こう言ったから、こう言ってくれたからこうしたのに!

 

結局他人の価値基準に判断を委ねるということは責任を転嫁するということで、でも他人は自分の人生の責任なんて取ってくれないのです。自分の人生の責任なんて、自分しかとれないんだね。当たり前か。この歳で気付くなんて、頭悪いね。

 

 

なので、

2020年の抱負。

 

「自分を好きになって

自分を自分で幸せにする」

 

自分に自信を持つこと、余裕を持つこと。

そうすることで、私は私自身を幸せにできる、だから私自身の価値基準や判断に自信を持てる、と堂々と言えるようになりたい。

 

私はいま、自分が嫌いです。

周りに流されて医学部に入ってしまった自分も、医師になって何がしたいのか見えてこない自分も、勉強が好きじゃない自分も、何をやっても中途半端な自分も、みんな嫌い。

多分それは今閉鎖空間で、かなり限られた価値基準の中で窮屈に生きているからと言うのもあると思います。

社会に出て、総合的な意味で自分を可愛がってあげて、あれ、私そんな悪くないじゃん、結構イケてるじゃん!と思えた時、自然と自分の直感や判断を信じられるようになる、はず。

 

うまく綴れないけれど、自分を可愛がってあげられる1年にしたいと思います。自分を愛せない人は他人も愛せないしね。それはただの依存だ。

 

良い意味で「自分ファースト」でありたい。

本年もよろしくお願い致します。

(とりあえず国試に受からないと。。。)

2018年

今週のお題「2018年の抱負」


新年明けましておめでとうございます。

もう6日ですが。2日朝に実家から舞い戻り、気付いたら6日になってました。外の光を久しく見ていないのですが世の中はお元気なのでしょうか?


今年の目標は、表向き「留年しない・ドジを減らす・腰回りの肉を減らす・平和に生きる」なのですが、あまりにつまらないのでいくつか目標を掲げていきたいと思います。留年しないは殿堂入りだよ。


①ドジを減らす

それでもやっぱりこれが一番必要かと。

2017年(に限った話じゃないけど)は自分の不注意が招いたミスで自分ももちろん他人に迷惑をかけることが多々あり、かなり反省しました。でなんでこんなにミスが多いのだろうと色々考えたのですが、2年くらい前の抱負にも書いてたんだけど、ひとつひとつの物事に対して真摯に向き合えておらず、小さなことでもきちんと完結させる癖がついてないというのが一つあげられるかなと。好奇心がばら撒かれた結果、自分のキャパを遥かに超える事案が発生して、処理しきれないものの一つの結末がミスとして現れていると感じたのです。

なので単にドジを減らすというよりは、もっと具体的に、


①‘新しいことに手を出さない

②1つの物事に対して真摯に向き合う

③持ち物をポケットに入れない


を掲げたい。③以外は関係なさそうに見えるだろうけど、わたしの場合はたぶん関係あるのですよ、これが。


新しいことに手を出さない。新年の目標らしからぬ目標ですが、今の私には最も重要な目標だと思います。

2018年は今手を出していることに向き合う1年にしたい。そんな1年があってもいいでしょう。

今までの人生を振り返ってみると、あれこれ手を出してみたことってほとんど記憶にも思い出にも残ってないんだよね。それなりに色々考えたり試行錯誤したり、上手くいかないことも多いけど数年は続けてることが人生における思い出や糧になっているなと思った。

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④大してもう旅行も出来ないだろうし、宮崎と鹿児島に行けば47都道府県制覇なのでそれだけできればいいかな。海外は、中国に行ければいいです。中国語はもう少しできるようになりたい。

⑤部活を引退したので7年ぶりにピアノを習いに行こうか検討中。フルートでもいいんだけど家で気軽に練習出来ないので、、楽器を何かしらやりたい。

⑥ダイエットというか筋トレというか。今非常に醜い体型をしているので少しでも改善したい。ジム通おうかなぁ…これは新しいことに含まれてしまうのだろうか…

⑦平和に生きたいので自分から油をまくような行為はしない。ここ数年、自分から撒かずとも何かしら身の回りで起こるので、もうそれに従って生きようと思う。

⑧人に優しくできるように。それはつまり、自分に余裕があって広い心を持たなければ成し得ないこと。余裕ある広い心を持った大人になりたい。


そんなわけで、こじんまりと1年を過ごせたらと思います。本年もよろしくお願いします。