人生反省記Vol.2

馬鹿は馬鹿なりに。http://blogs.yahoo.co.jp/imutan813

実力のない者は結局のところ実力のあるものに振り回され、発言権もない。あったとしても、実力のある者の次の意見として捉えられる。実力がないから発言における優先順位が当然低くなる。

自分の周りにいる、実力はあるけれど常識のない人々を見ていると本当にそう思う。自由にやってくれるよなぁと。でも彼らは咎められない。実力があるから。彼らは褒められる。実力があるから。彼らの周りで振り回されるものは褒められもしない。実力がないから。

 

悔しくてしょうがない。

好き勝手にやっても実力があれば許されていいのか?いいのだ。世の中そういうもんだから。そういう人々によって世の中は回っているから。

決して彼らが悪いわけじゃない。たぶん。悪いのはどちらかというと現実を受け入れられていないこちら側なのかもしれない。たぶん。

 

そういうわけで、溜まったストレスの吐け口を最近勉強に向けるようにしている。

実力が欲しいから。

やりたくないことはやらない。やりたいことはやる。そうなるためには(別にそうなりたいからというわけじゃないけど)、実力のある人間にならなければならないから。少しでも。

なせばなる、なさねばならぬ何事も、ですね。

 

大学入学からここ最近まで自分を構成する感情を今まで「好奇心:劣等感=3:2」位だと思って生きてきたけれど、最近はもうそれが逆転して「好奇心:劣等感=2:3」になりつつある。当然のことながら、ネガティブな感情が上昇すればそれだけ暗い人間になる。今までは、劣等感は強くとも好奇心がそれを上回っているから何とかなるだろうと思っていたが、今は加齢によるものなのか季節性なのか人生への焦りなのか好奇心が前に比べてそれほどなくなったように感じる。現実的になったと言い換えてもいいのかもしれない。あるいは、自分が色々な経験に慣れてきて好奇心を抱くものへの閾値が上がりすぎているのかもしれない。

こんなにも自分に自信がなくなってしまったのはいつからだろう。自分に自信のあった過去に戻りたい。なんとかなると思っていたし自分は結構やれてる方だと思っていたはずなのに。

 

とにかく、今のままでは陰気くさい人間が更に陰気くさくなってしまいそうなので、劣等感を少しでも晴らすべく勉強がんばろう、という自分への理由づけメッセージとしての文章を書きたかった。CBTがんばろうね。