人生反省記Vol.2

馬鹿は馬鹿なりに。http://blogs.yahoo.co.jp/imutan813

2015所感

気付いたら残り1週間で2015年が終了するという年の瀬になっていた。

昨年と一番異なる点は、(昨年より)学校に行くようになり、(昨年より)大学の人間と多く接するようになり、(昨年「よりは」)勉強したことだった。

2014年という年が今思うとどう考えても遊び過ぎていた。脳みそが1年間を経てすっかりととろけてしまったのを今痛感している。高校3年間と同じくらいとろけてしまった。昨年1年間を通じて大きく感じたことは「楽しかった」ことばかりだった。果たしてそれが良いことなのか今となっては疑問だが、これからの結果次第では人生の休憩と捉えられるだろう。そうなりますように。

…まあ昨年よりずっと多くの都道府県と国に行ったんですけどね。

 

2015年は、10,11,12月が過ぎるのが猛烈に早すぎたように思う。特に昨年この秋冬を使って散々出かけた記憶があり、それと比較するとほとんどどこに移動することもなくひたすら大学と家の往復を繰り返した。

しかしながらむしろ昨年よりも思ったり感じたりすることは多かった気がする。旅行という行為はあくまで現実逃避で、学べることは多いし自分を省みる手段の一つではあるけれども、日常生活を通じた省み方とまた質が違うものなのかもしれない。

ということで、今年のまとめとしては、大学の人間と時間の多くを共にしてみて、感じたことをいくつか。割と率直にものを述べてしまったので、性悪だと思われるかもしれない。

 

・総合的に言って、金持ちは善。

フィクションには金持ちは悪にさせたがる傾向があるけれど、フィクションというもの自体がノンフィクションの対応で、ノンフィクションにはないこと、そして多くは理想化した非現実を述べたものなのだなと結局思ってしまった。

一般よりも多くの所得のある家庭に生まれ、教育や日常生活にたくさんのお金をかけてもらって成長して、多くの学費のかかる大学に入れさせてもらった人間がどんなもんかと接してみると、まあ育ちの良いこと。一番は金銭的余裕から生まれる「余裕」なのかな。更には大学を出れば自分も多くの所得を手に入れられる状況にあることもあるだろう。何事にも(テストとかは別にして)どこか余裕があり、その結果他人に対しても余裕があり、それが性格や行動に現れている気がする。

彼らを見ていると、余裕のない自分をひどく恥じるし、余裕のない人間を見ると嫌悪というより同情の念を抱くようになった。なんとも不平等で理不尽な世界だ。世の中の土台部分にこんなにも格差があるのだから、出来上がる人間に大いなる格差が出来るのは当たり前なのだろう。そしてその格差は、共産主義社会にでもならない限り埋まらないだろうし、申し訳ないけれども埋まるべきでないと思う。あまりこういうことを大きな声で言ってはならないのだけれど。それに、いつ自分が逆の立場になり逆の考えを抱くようになるか分からないのだけれど。

 

・一つのものごとをやり遂げる

これは完全に個人的な話なのだけれど、周りと比較して私に一番足りないのはこれじゃないかと思う。身の回りにあることの何をとっても中途半端で、飽きやすく、困難に出会うとすぐに諦めてしまう。現代人だからなどと片付けられるわけもなく(周りの人間も現代人だ!)自分のパーソナリティの問題。一番身近なところで言えば、ご飯を食べるのですら途中で飽きてしまうことが多い。全てのものごとを「ながら」で進行させ、「ながら」行ったことの全てを中途半端で終了させ次のことをやるから当然部屋も結果も汚くなる。最後までやらないから、その物事で得られるべきことの4割くらいしか得られない。

書きながらとても耳が痛い。

 

・とりあえず諦めない

上の項目と似ているのだけれど、私の人生の障害は間違いなくこの二つだと思う。それに気付かせてくれただけでも今年生きた価値がある(ただし、22歳で気付くのは遅すぎたという説もある(?))。

これは旅行でも思った。例えば、北海道から帰るフェリーにどう考えても間に合わない時間にどう考えても間に合わない場所から出発しなければならない、更に空港で車を返却し、船着き乗り場まで電車で行かなければいけないという状況になった時、わたしが一人だったら間違いなくキャンセルをすぐに入れてお金を多く払ってでも異なる手段で帰ろうとしてしまうだろう。しかし一緒に行った人は、間に合わない可能性が100%じゃないんだから、とりあえず車飛ばしてみようよと言った。(ちなみに、200km/h出しても間に合わない時間と距離だった)。その時こいつは正気かと思った。

結局空港に着いた時点で無理ということが確定したのだけれど、便を変更してもらってなんとお金が帰ってきた。(急いだからやってくれたとかいう話ではなかったんだけど)

まあこの例はあんまり適切ではないかもしれないけれど、ああ、普通はここであきらめないんだ。とりあえず必死でやって、間に合わなかったらそれからそのことを考えるんだ。と驚いた。そして、自分に異常に足りないものだと思った。

 

・男女交際とは…

この前の飲み会で「男性と付き合ったら何すればいいんですか?」という話をしたら、「恋人って、一番の友達だと思えばいいんだよ。セックスする一番の友達。何かしたいと思ったときに一番誘いやすくて、一緒にいて楽しいって最高でしょ。」と率直すぎることを言われてしまい周りがセクハラだと騒いでいたのだけれど、思い返すと、そう思うとなるほどなぁと思う。性行為のことは置いておくとして、そういう存在の人はいたらいいなと思った。

でも恋人がいることで制限されることや拘束されることもある。それでもその人を一番価値のあるものと思える人じゃないとだよなあと思うと、なかなかいない。そもそも、こんなにも抜けていて他人に与えられるものの少なそうな人間がそんな価値のある存在になっていいのだろうか?相手が可哀想だ。

 

・文系人間

自分は文系人間だなと。レポートや文章を書くことに頭を使うのは好きだけれど、計算や機序に頭を使うのが苦手。科学的現象を掘り下げるより、社会的現象を掘り下げる方がずっと好き。高校時代の得意科目は現代文と地理でした。苦手教科は生物と化学でした。向いてねーよという問題はもう今更なのでやめます。別に文学者にも法学者にも経済学者にもなりたいと思ったことはないし、企業で働いている自分を想像したこともない。ただ思っただけ。

 

 

というわけで5つほど挙げてみた。

これらの反省点から来年の目標をいくつか。

・些細な事でもきちんと一つの物事を完結させる。

・↑のために、すぐ諦めないで、時間をかけて物事に取り組む。

・大切な人が出来るといいね?

 

こんなもんかな。

上二つが苦手なのは今後の人生の致命傷に値する欠点だと思うので、大きなことをやろうと思わず、小さなことから出来たらと思う。毎日の小さな完結の繰り返しが大きな完結の繰り返しだから。食べたらゴミ箱に捨てる所までが一つの完結。小学生か、という話だけれど、決して両親のせいではなく、言われ続けた記憶が大いにあるけれど私がずっと出来ていないだけだから、親にも申し訳ない。

大切な人は…まあ自分を是正しているうちに現れるでしょう。

 

 

さ、良いお年を。

来年も更に遊べない1年が続くでしょうが、めげずに頑張りたいと思います…